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大阪高等裁判所 昭和58年(行ス)3号 決定 1983年3月31日

抗告人

大阪刑務所長

檜垣雄三郎

右指定代理人

浅尾俊久

外五名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一抗告の趣旨及び理由は、別紙記載のとおりである。

二当裁判所は、原決定を相当と判断する。その理由は、当裁判所も、次に付加するほか原決定理由二の説示のとおり判断するからであるので、これを引用する。

抗告人が当審で提出した疎乙第一九号証(大阪刑務所医務部長法務技官医師島崎実作成の報告書)、同第二〇号証(同医務部法務技官医師板倉丈夫作成の報告書)は、原審提出の疎乙第一七号証(右医師島崎実作成の「収容者の医療処置について」と題する書面)とその内容をさして異にするものではなく、その他抗告人の当審提出の資料を含む記録中の全資料を総合しても、右疎乙第一七号証及び原審が本件執行停止申立人(大西純悟)を直接見分した結果その他原審記録中の資料に徴して本件軽屏禁の懲罰の執行を三〇日間程度停止しないと右申立人が健康保持の点で回復困難な損害をこうむるおそれがあるとした原審の判断を、覆すまでにはいたらない。刑務所内の規律に違反した受刑者に対して軽屏禁の懲罰処分がされる場合には、当該受刑者は通常の受刑者としてうける以上の精神的、肉体的苦痛をうけることとなるが、その処分の性質上やむをえないことである。しかし同時に、右処分を行う者において、被処分者たる受刑者の健康保持に万全を期すべきこともいうまでもなく(監獄法六二条一項、同施行規則一六〇条二項、一六一条等参照)、とくに本件の右申立人のように軽屏禁の懲罰がほとんど間断なく繰返し科されている場合においては(その懲罰を繰返し科されることは受刑者自らが招いたものであるとしても)、その懲罰をうけた受刑者の健康保持に一層留意することが要請されるというべきである。このような見地に立つてみると、昭和五八年二月一八日に抗告人が右申立人に対して科した今回の軽屏禁の懲罰処分をそのまま継続しても右申立人の健康になんら支障のないことが高度に客観性のある鑑定等の資料によつて明らかにされていれば別であるが、そのようなもののみあたらない本件においては、右引用にかかる原審の判断を相当とするほかない。

次いで、右申立人について昭和五八年一一月三日の刑期満了までの間に、今回の軽屏禁の懲罰に続いて同種の懲罰を科す事態もありうることが一応疎明されているが、そのような事情があるからといつて今回の軽屏禁の懲罰の執行を被処分者たる受刑者の健康上の理由によつて停止することを違法とする理由にはならないというべきであるし、かつ右刑期満了時までいまだ半年以上を残しているのであるから、本件の三〇日の執行停止期間を経過すると同時に今回の軽屏禁の残りの懲罰期間についてその懲罰処分を執行し、さらにその後に健康保持に充分留意のうえ同種の懲罰処分を執行することもできないものではないと考えられる。また、今回の軽屏禁の懲罰の執行停止が他の受刑者に悪影響を及ぼし刑務所内の規律維持が困難となることについては、疎明が十分でなく、かりになんらかの影響のあることが予測されるとしても、行刑上適切な予防措置を構ずべきものであり、資料を総合してもかかる措置を構じることができないとまではいえない。

さらに、現時点において本案について理由がないと断ずることはできないとした右引用にかかる原審の判断を、違法と断定しうるほどの疎明もない。

その他、抗告理由に徴して記録を精査しても、原決定を覆すまでにはいたらない。

三そうすると、原決定は相当であり、本件抗告は理由がないのでこれを棄却することとし、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(荻田健治郎 岨野悌介 渡邊雅文)

《参考・原決定》

(大阪地裁昭五八(行ク)第四号、軽屏禁執行停止申立事件、昭58.3.11第七民事部決定、一部認容・抗告)

〔主文〕

一 被申立人が昭和五八年二月一八日申立人に対し言渡した軽屏禁六〇日の懲罰処分の執行は、本決定送達の日の翌日から三〇日間停止する。

二 申立人のその余の申立を却下する。

三 申立費用はこれを三分し、その一を被申立人の、その余を申立人の各負担とする。

〔理由〕

一申立人は、

1 主位的に、被申立人が申立人に対し一九八三年二月一八日言渡し、同日より執行中の二か月の軽屏禁罰の執行は本案判決確定にいたるまで停止する。

2 予備的に、被申立人が申立人に対し一九八三年二月一八日言渡し、同日執行された軽屏禁罰に基づく執行はその運動を停止する部分に限り本案判決確定にいたるまで停止する。

との裁判を求め、その理由の要旨は次のとおりである。

1 被申立人は昭和五八年二月一八日申立人に対し軽屏禁罰二か月の懲罰を言渡し、同日その執行を開始した。被申立人は、軽屏禁罰の性質上当然に運動等の禁止を伴うものとし、懲罰終了の日まで運動の停止を継続する意思を表明している。

2 しかし、軽屏禁罰は受罰者を分離拘禁し他囚との交通接触を断ち静寂孤独の状態に置くことにより一層反省促進の効果を上げることにある。その意義からしても人間として健康を維持するに必要最低限の運動までを禁じるものでないことは明らかであり、軽屏禁執行期間中運動を停止する処分は憲法三六条に違反する。

3 特別権力関係内においての処罰は、執行者の私情の混入又は感情に走つての過激な処罰を防ぐ意味において、その懲罰の種類、執行期間、手続等を明確に法定している。監獄法は監獄内での処分について、運動の停止はいかなる理由によるとも五日を超えることを禁止しているものと解すべきであり、被申立人の本件処分についての見解は恣意的解釈により罰則を拡大適用するもので、監獄法三八条、六〇条一項八号、同施行規則一〇六条に違反する。

4 申立人は、右軽屏禁罰の処分取消を求める抗告訴訟を提起したが、現に椎間板ヘルニア、左臀部から大腿部にかけての攣り、慢性の下痢症状、体重の異常な増加、右足首の痛み、右手首腱鞘炎、各関節部の痛み、仙骨部の異常な痛み、その他吐気、頭痛、立くらみ等の症状に悩まされており、懲罰の継続により申立人の健康は著しく損われ、回復困難な損害を受けるおそれがあるから、右懲罰処分の執行の停止を求め、予備的に処分のうち運動の停止部分の執行の停止を求める。

二当裁判所の判断

1 本件の疎明資料によると、申立人は、昭和五五年三月二六日京都地方裁判所で強制わいせつ致傷の罪により懲役三年六月の言渡を受け(同年一二月四日確定)、同年一二月二三日から大阪刑務所で服役中の受刑者であること、被申立人は、昭和五七年一一月一日から昭和五八年一月二五日までの間申立人に①手首が痛くて作業ができないといつて怠業した、②看守に対しいいがかりをつけた、③看守を愚弄した、④看守の指示に従わず反抗した、⑤他囚と不正連絡を企図した等の規律違反(それぞれ数件)があるとして、同年二月一七日懲罰委員会に付議して申立人に弁解の機会を与え、同年同月一八日申立人に対し軽屏禁六〇日、その間文書図画の閲読禁止、作業賞与金計算高全額減削(二七一円)の懲罰を言渡し、即日執行を開始したこと、以上の事実が一応認められる。

2 申立人は、右懲罰の執行により、申立人の健康上回復困難な損害が生ずる旨主張する。

ところで、軽屏禁罰の執行に際しては事前に刑務所の医師による健康診断を実施し、その者の健康に害がないと認められなければ執行を開始することができないとされており(監獄法施行規則一六〇条二項)、執行中も刑務所の医師が時々受罰者の健康を診断し(同規則一六一条)、疾病その他特別の事由があるときはその懲罰の執行を停止することができる(監獄法六二条一項)と定められている。

疎明資料によると、大阪刑務所医務部長法務技官医師島崎実は昭和五八年二月一八日申立人を診察し、何ら異常が認められず、本件懲罰の執行に差支えないとの診断を下していること、被申立人は軽屏禁罰の執行にあたり、一般に運動については概ね一〇日毎に一回実施し、入浴については一般独居拘禁者の三分の一の割合による回数(月平均二、三回)を実施しているほか、一般独居拘禁者の入浴日には温湯を給与して房内で拭身させていること、申立人については本件懲罰執行後昭和五八年三月三日までの間、同年二月二五日戸外運動を実施、翌二六日入浴を実施、同月一九日、二三日、同年三月二日温湯による拭身をそれぞれ実施したこと、以上の事実が一応認められる。

右事実によれば、大阪刑務所においては受罰者に対する懲罰の執行にあたり健康保持のための配慮を一般的にはしているということができる。しかし、申立人については以下のとおりの事情が存在することよりすれば、現時点で右一般的配慮のみでその健康保持上十全であるとするには疑問なしとしない。

すなわち、申立人は、昭和五六年四月以降数回の軽屏禁罰の執行を受けており、更に昭和五七年八月一九日軽屏禁六〇日、同年一一月一〇日軽屏禁罰六〇日の各懲罰を受け(これらの事実は当裁判所昭和五七年(行ウ)第六九号、同第九六号事件により職務上明らかである)右一一月一〇日の軽屏禁罰の終了時は昭和五八年二月六日であるから(疎乙第一七号証)、申立人は少くとも昭和五七年八月一九日以降本件軽屏禁罰執行の前日である昭和五八年二月一七日まで一八三日間に延べ一二〇日にわたる軽屏禁罰の執行を受けたことになり、右期間前の数回に及ぶ軽屏禁罰の執行、前回の軽屏禁罰執行終了の日から本件軽屏禁罰執行開始まで一一日間しかないこと等の事情を考慮すると、申立人は相当長期間にわたり軽屏禁罰の執行を間断なく受けたともいうべき状況下におかれていること、申立人は、一の4記載の症状を訴え、大阪刑務所医務部長も申立人が入所時から腰痛を訴え続けているほか、昭和五六年一一月中旬から右手首の痛み、昭和五七年五月中旬から右足首の痛みを訴え続けているとし、湿布薬、消炎剤等の薬物投与による対症療法を継続していること(もつとも、大阪刑務所外科医によるレントゲン検査、血液検査等の結果特に病的所見が認められないとされている)等よりすれば、軽屏禁罰の長期間の執行が申立人の従前からの疾病と相俟つてその健康を著しく損うおそれなしとせず、現に昭和五八年三月四日当裁判所に前記昭和五七年(行ウ)第九六号事件の第二回口頭弁論期日に出頭してきた時の申立人の状態からも右危惧を窺わせる。

したがつて、申立人が現時点で引続き本件軽屏禁罰の執行を受けるとなると、その健康保持の妨げとなりこれによつて回復困難な損害を被るおそれがあるというべきで、その健康の回復をみるまでの期間懲罰の執行を停止する必要があり、その期間は一応三〇日を相当と認める。

3 執行の停止は、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき、または本案について理由がないとみえるときにすることができないことは被申立人指摘のとおりであるが、本件につき主文の限度で執行の一時停止をしても、その後の執行が不能となるとは解されないので、右執行停止により受刑者の処遇に対する影響から公共の福祉に重大な影響があるとまでいうことはできないし、また本件につき現時点で本案について理由がないと断ずることもできない(申立人は懲罰の事由となつた規律違反の事実についてもその調査時点でこれを否認しており、本件申立時でこれを争つている。)

三よつて、本件申立は主文第一項の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから却下することとし申立費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九二条に従い主文のとおり決定する。

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